『君、花海棠の紅にあらず』のあらすじ第33話~第36話(全49話)
こちらの記事では第33話~第36話のあらすじとネタバレをまとめています。
今回から新たに登場する人物
雪之誠:九條和馬
坂田英吉:日本軍大佐
第33話 戻らない日々
林丹秋との話を終えた商細蕊は、去り行く曽愛玉を呼び止め声をかける。後日、商細蕊は路上で遭遇した女性から、抜け殻のような男への説得を頼まれる。その男は恋人と引き裂かれ、ケガを負った陳紉香だった。商細蕊に励まされた陳紉香は、恋人との再会を果たそうと再び舞台に立つ。そんな折、陳紉香に宛てた1通の手紙が届いて…。
林丹秋は、妹のために真人間に生まれ変わろうと思った。しかし借金が多すぎて逃げられなかった。そんな時、曽愛玉が家を売って借金を返すと言ってくれたので、丹秋は心に決めた。実の兄かどうかに関わらず、愛玉を一生守り、曽家を継いで恩に報いようと。しかし、愛玉がそんなに苦労していたとは知らず、妹に申し訳ないと泣き崩れる。
駅に駆け付けた鳳台。1枚の写真を愛玉に渡す。商細蕊が鳳乙を抱いている写真だ。代わりに愛玉の写真を預かると、将来、母の写真だと見せることを約束する。立ち去る後ろ姿に、細蕊が愛玉を呼び止める。驚きの表情を浮かべる愛玉に「元気でな」と伝える。愛玉は戸惑いながらも笑顔でうなずく。
列車が出発し、鳳凰の首輪を見つめる丹秋。これをくれた細蕊の言葉を思い出す。”妹にとって兄は丹秋だから、一生罪を償って妹を守れ”。愛玉が席に戻ってくる。鳳凰の玉を目にした愛玉は、見つかったのは縁起がいいと喜ぶ。自分の玉と合わせるとぴったり円になった。
上海で映画を観た細蕊。鳳台は以前は映画好きだったが、今は芝居に夢中だ。正確には商座長の芝居が好きだ。細蕊はどの役を演じても真実味があり、まるで心に誰かが住んでいて、舞台にあがるとその魂が細蕊の体を借りて蘇るようだと称賛する。それを聞いた細蕊は杜洛城なみの文才だと褒め、もっと褒めてと催促する。細蕊は好きな人には尽くし、嫌われても機嫌をとるために自分の意志を曲げたりしない。自由に生き、無邪気な人間だと鳳台は表現する。天才肌と一緒に行動するのは無理だと言われても、鳳台は細蕊のそばにいる。立ち止まる細蕊。何か言おうとする。
その時、女性の悲鳴を耳にする。様子を見に行くと、嫌がる女性に男が付きまとっている。細蕊が男たちを蹴り倒す。大丈夫かと女性に声をかけると、商先生を探していたと、その女性・月鈴が助けを求める。
昼間から酒を飲む男。脚に包帯が巻かれている。細蕊が顔を覗きこむと陳紉香だった。月鈴が上海に来たら、紉香はこのありさまだった。部屋に籠って酒を飲んでばかり。脚を治す気もないという。名優なのに抜け殻も同然の紉香を説得してとお願いする。細蕊は何があったと問いかけるが、紉香は何も言わない。細蕊は、姜会長に叱責されている時に助けてくれた紉香を漢だと思ったが、今は腰抜けだと吐き捨てる。すると、紉香が口を開く。上海の恋人に見捨てられた、と。彼女の家族に反対されて駆け落ちしたが、捕まって脚を殴打され、荒地に捨て置かれたという。それを聞いた細蕊は、脚を治して公演をやるよう提案する。公演が世間で話題になれば恋人の耳に入り、会いに来てくれるはずだと奮起させる。
後日、医者を呼び寄せた細蕊。紉香は死にそうだと痛がる。そんなに痛いかと心配する細蕊に、宿命だったと紉香が笑いだす。叔父の姜栄寿は仙人歩法を教えるのを惜しんだ。仕方なく紉香に教えたが、紉香のケガで姜家の仙人歩法は途絶える。息子は無能だ。細蕊は妙技が途絶えるのを残念がる。姜栄寿は嫌いだが、仙人歩行に罪はない。上海にきた頃、イタリア人に仙人歩行を撮影したいと依頼された紉香。しかし、出演料でもめ、叔父の反対も怖くて話は流れた。弟子がいない紉香は何も残せず、何年か経てば忘れられる。伝授されず消えていく技の多さを嘆く細蕊。生があれば死があり、栄えれば滅びると涙ぐむ紉香に、しっかり生きて恋人に会えと細蕊は力づける。紉香は立ち直ると意を決する。
蘭心劇場の外で待つ紉香。公演から何日か経つが、恋人はまだ来ない。公演を知らないのかと案じていると、男が紉香宛ての手紙を渡しに来る。楽屋で写真を見つめる紉香。裏返して机に置く。”今世ではご縁がないようです お元気で” と書かれている。化粧を始めた紉香は涙をこぼす。鏡の中の自分に、まるで幽霊だと語りかける。醜くて陰気くさい、見たくない顔だと。
舞台が始まる。剣をもって入場する紉香にざわつく観客。演奏者も役者も首を傾げる 。意に介さず歌い始める紉香。細蕊も舞台袖に駆けつけ、様子を伺う。♪~私は恋多き女ではございません 誤解でしたのに 根も葉もない噂をお信じになり 懸命に言い訳しても信じていただけません 破談の件は承知しました~♬
その頃、姜家で居眠りしていた姜栄寿が目を覚ます。♪~むせび泣きながら宝剣をお返しし 前世からの縁のためだと死んで明らかにいたします~♬ 歌を耳にした姜栄寿がお茶を落とす。舞台上で紉香が剣で首を切りつける。血のついた剣が落ち、紉香が倒れる。
呆然としている栄寿のもとへ息子の登宝が駆けつける。栄寿は心配する登宝に、仙人歩法を孫に練習させるよう伝える。栄寿は少し休むと登宝を練習に行かせ、目を閉じる。~叔父上 私です~♬ 「紉香、お前か?」と声をかける栄寿。辺りを見回し、聞き間違いだろうかと呟く。
ベットで悲嘆に暮れる商細蕊。紉香は舞台で死ねて良かったのかもしれないが、思いがけぬことで秘伝の技が途絶えることを悲しむ。今日消えるのは仙人歩法で、明日は細蕊の玄女歩法と商家の棍法かもしれない。この先、梨園の優れた技がどれだけ消えていくのか。代々伝わる技を捨てることもあるだろう。細蕊は捨てないと断言できるが、弟子たちもそうとは限らない。鳳台は映画のフィルムに残したほうがマシだと言うが、細蕊は映画で形は残せても細部は無理だと思っている。そのためにも多くの弟子を育てたいのだ。運良く小周子に出会えた細蕊は、小周子がいずれ周先生になれるよう、気長に育てるつもりだ。
程家の范湘児は鳳乙の様子が気になるようだ。翌日、水雲楼を訪ねる。一座のみんなが集合しているが、1人足りないと言う湘児。赤ん坊はどこだと春杏が尋ねる。鳳乙を連れてくると、湘児が優しく抱っこする。湘児の優しい一面を初めて目にした座員たちは驚くが、きっと二旦那は家に帰れると胸をなでおろす。
第34話 変わりゆく世界
日本から来たという雪之誠(シュエジーチョン)は、商細蕊の前で、歌舞伎を披露する。一方、程鳳台は久々に自宅へと戻る。娘に愛情が芽生えた范漣は、水雲楼へ足しげく通っていた。商細蕊もまた、愛おしい鳳乙をそばで見守ろうとする。程鳳台は稼業を拡大し、商細蕊はさらに人気役者となり、平穏な日々が続くと思われた矢先、七七事変が起こる。
蘭心劇場の外で、商細蕊の看板を夢中で撮影する雪之誠。日本人の雪之誠は杜洛城の友人だ。洛城が中国語で自己紹介させる。以前、洛城の開いた宴で中国語と英語で討論したのを思い出した細蕊。洛城はその時、細蕊はミューズで全てのひらめきの源だと言っていた。だから雪之誠は北平へ舞台を観に来たという。細蕊の芸を観て感動した雪之誠は、思いを伝えたくて中国語を習ったとまくしたてる。ミューズの意味を聞いた細蕊は、外国の芸術の祖師だと知り、祖師様など恐れ多いと謙遜し、遅れてしまうと楽屋へ走る。
舞台で使う道具は実物に近いほど物語に入りやすいと言っていた細蕊のために、アメリカで捕まえた本物の蝶を細蕊に贈る雪之誠。そして、京劇の解釈を語り始める。鳳台はあきれるが、日本人も魅了する細蕊に敬服する。細蕊は雪之誠の解釈がよく分からない。日本人は京劇が新鮮なだけで、内容を理解するには転生が必要だと、京劇の指の形を鳳台に教える。
和食を食べに来た細蕊と洛城。着物姿の男性が歌舞伎を見せる。「雲の絶間姫」という演目だと洛城が教える。ある仙女が高僧を誘惑して雨を降らせる話だ。芸を見た細蕊の感想はいまいちだ。しかし歌舞伎を舞って見せたのが雪之誠だったことに驚く。日本の舞い方は硬すぎて、役者がどれだけ修練を重ねてもあれでは趣を感じられないと細蕊が私見を述べる。着替えて動きの手本を見せることにする。
水雲楼に足繁く通う范漣。子育て経験のない座員に預けるのは心配だと鳳乙の世話を焼く。愛情を注ぐ漣をみて、なぜ二旦那に渡したのかと十九は不思議がる。あの時は覚悟がなかった漣だが、今では服が汚れるのも気にせずおむつを取り替える。乳母が范湘児に伝える。鳳乙は漣の子供だと水雲楼の者たちが言っており、漣も毎日3回、鳳乙の顔を見に来ては父さんと呼べと言っていた。それを聞いた湘児は、范家の子を放っておけないと乳母に衣類を持たせる。
翌日、久しぶりに鳳台が戻ってきた。随分経つのに湘児はまだ怒っている。子供は外で育て、湘児が信じてくれたとき迎えに行くつもりだったが、鳳台の疑いは晴れた。范家の子供はうちで育てるべきと湘児は望むが、今となっては難しくなっていた。
水雲楼で范漣が鳳乙を連れて帰ろうとしている。座員たちが必死に止める。そこへ商座長が戻ってきた。商座長が棒を手にするのを見て、鳳乙を置いていく漣。しかし、商座長は、曽愛玉の敵打ちだと追い回し、今後、細蕊が不在のとき漣が来たら殴って追い返すよう座員たちに言いつける。鳳乙を抱いて部屋に連れていく商座長を見て、驚きを隠せない座員たち。
追い出された漣は水雲楼の門の外で鳳台を待っていた。商座長に暴力を振るわれたと鳳台に泣きつく。細蕊と曽愛玉は関係がないと言う漣の耳を引っ張り、痛めつけられて当然だと鳳台が耳打ちするが、漣は訳が分からない。
鳳乙をあやす細蕊の姿を見て鳳台が驚く。荷物を取りに来た鳳台に、鳳乙は連れていかせないと断りを入れる。鳳乙を抱いて離さない細蕊は、妹との繋がりを実感している。血縁に執着はないと言ったが、あれは出任せだった。妹に会ってこんな感情があることを初めて知る。本物の兄は林丹秋ではなく自分だと細蕊は言う。
平穏な生活に戻った矢先、七七事変が起こり、北平は没落する。水雲楼の外で車のクラクションが鳴る。鳳台が荷を届けてくれた。最近小来が鳳台に気を使っているのは、主食を供給してくれるからか。商座長に、日本兵が歩き回っているからあまり外に出るなと忠告する。
姜家に思い空気が流れていた。日本軍が北平に来てから、どの一座も赤字になった。三勝班は故郷へ帰り、葉家班と玉霊社も近々北平を離れる。隆春班も北平を出るのなら、早く準備をしようと姜登宝が促す。しかし、隆春班の根城は北平だ。姜栄寿はどこへも行く気がない。そこに、兵士が門の外にいると知らせが入る。
水雲楼の外にも日本兵が立ってる。鳳台と商座長が大佐のところへ向かう。大佐は坂田英吉だと名乗り、鳳台に曹司令官の親族は我々の友人だと意味深なことを言う。さらに、商座長に中日交流同好会の知らせを見せ、戯曲同好会を作るので商先生に入会するよう働きかける。すでに梨園会があり、会長は姜栄寿だとはね付けるが、拒否権はないと坂田が告げる。
”寧九郎を会長に任命する” と書かれた紙を手にする鈕白分。斉王に助けを求める。斉王が上官に会って断ってくると立ち上がる。東北の掌握には陛下の存在が不可欠だ。陛下は叔父の斉王に子供のことから懐いていたから聞き入れてくれるだろう。寧先生が斉王を呼び止める。決して無理はせず、強硬な姿勢は取らないよう念を押す。
斉王を呼びとめる雪之誠。まだ交渉の余地は残っており、自分も間に入ると受け合う。斉王は愛新覚羅の血統だ。陛下は皇宮を出られたが、何度も陛下から文が届いた。側近の臣下たちが去っていったので東北へ来てほしいという内容だ。返事を保留にしていた斉王は、紫禁城で跪き稽首する。
曹貴修が電話で声を荒げている。劉漢雲が曹家の軍を吸収するらしい。兵権を奪う気かと苛立つ貴修。そこへ報告が入る。暗号文の電報がきて解読不能だという。曹師団長が解読する。”曹万鈞”。風呂場での会話を思い出す貴修。劉漢雲が北平へ来たのは曹家の軍を吸収するためだと知らせたとき、曹司令官は日本軍に寝返る気はないと断言した。日本軍が東北三省を占領した今、いかに兵権を貴修に渡すかを考えていた司令官。直接譲れば日本軍は懐疑心をもつ。そこで北平に来ていた劉漢雲を利用して、曹家の兵権が貴修に渡るよう小芝居を持ち掛けてきたのだ。司令官が日本軍の状況を探り、貴修は敵を倒して劉委員に忠誠心を示す。そして政府が何もしない時には、自分の判断で攻撃をしかけろという司令官からの指示だった。
第35話 北平陥落の犠牲者
曹司令官は息子の曹貴修に腹の内を話し、程鳳台はその計画を程美心から聞く。日本軍からの弾圧が激しくなり、新演目でひと儲けしようとした四喜児は大損する。一方、兪青は私財を売却して金銭に換え、北平を離れようとしていた。そんな中、商細蕊の付き人の小来が夜道で行方不明になる。兵士の仕業だと知った商細蕊は憤怒し…。
貴修の判断で攻撃を仕掛け、日本軍を中国から追い出せば、曹家の手柄となる。司令官が割を食うことになるが、大義のためなら甘受するという。外で木村医師が耳をそばだてている。そこで聞こえるように一芝居打つ。出ていけと司令官が怒鳴り、貴修は殴られたふりをして出ていく。
程鳳台の姉・美心は命に関わる策を秘密にしていた。すべては鳳台たちを巻き込まないためだ。鳳台たちが外国で身を隠すのもいいだろう。しかし、鳳台はこの非常時に美心を置き去りにできない。一緒にイギリスへ行こうと誘うが、美心はその言葉だけで十分だと言う。
水雲楼では昨日の雲喜班の話題で持ちきりだった。劇楼に兵士が乗り込んで芝居を続けられなくなり、観客に返金を迫られたのだ。大損害を受けたのは日頃の報いだと喜ぶ。そこに鳳台が現れる。雲喜班の騒動の件はおそらく威嚇行為だから、商座長も危険は避けて休演するよう忠告する。そして、商座長に腕輪を見せる。兪青のものだという。金が必要な様子で、100元ほどで質入れしたそうだ。北平を離れるのだろうと推測し、兪青のところへ行く2人。兪青は買い手と交渉中だった。うまく交渉が進まないので細蕊が買うと申し出る。
役者人生に幕を下ろし、北平を離れることにした兪青は、不要なもの売って少しでもお金にしたいという。新聞で父が書いた文章を読んだ兪青。国に貢献しようと訴えていたのを読み、微力でも役に立ちたいと行動に移した。細蕊は兪青が考えを改めてまた復帰してくれるものと思っていた。しかし、兪青の決意を聞いて何も言えなくなる。兪青はマカオで友人と新聞社を立ち上げる。役者業には10年の時を費やしたが、文を書くほうが得意だという。兪青の思いに敬服した細蕊。装飾品と衣装が残っていると聞いて、売ってくれと願い出る。兪青から買えば国に貢献できる。兪青の言い値で購入する。
鳳台が家に戻ると察察児の姿があった。同級生から北平が戦争で危ないと聞いて、不安で戻ったという。心配する鳳台をよそに、察察児は北平で敵に抵抗すると言い出す。戻ったものは仕方ないが、さっき言った言葉は二度と言うなと忠告する。
鳳台が兪青からの手紙を持ってくる。写真を見る限り、役者より様になっているようだ。兪青はすでに新聞社で主筆をしているが、彼女の筆名はお尋ね者の一覧に載っている。手紙には新聞社への商座長の支援に感謝の意が綴られていた。商座長は公演で得た収入の1割を寄付していた。
日が暮れて水雲楼へ戻る座員たち。街には兵士が溢れ、物々しい雰囲気だ。足早に帰る途中、商座長の衣装を忘れたことに気づいた小来。1人で取りに戻る道中、女の子が兵士に捕まる現場を見かける。放っておけない小来は女の子を助け、一緒に建物の中に隠れる。しばらく外の様子をうかがう。犬は吠えているが、物音はしない。戸を開けてみると、そこに兵士が待ち受けていた。
翌朝、小来の姿が見当たらない。商座長は一座全員を引き連れ、劇楼へ探しに行く。小来を呼ぶ声が劇楼に響く中、一際大きな呼び声が響き渡る。憤怒した商座長。刀を手に出ていく商座長を誰も止めることはできない。
その様子を車から目撃した湘児。韓総統が急ブレーキをかける。この先には日本軍の司令部がある。刀を持って何をするつもりかと湘児は不安を覚える。下車した湘児に、殺された小来の敵を討ちに行く座長をとめてと座員が泣きつく。湘児が説得する。商座長が兵士を1人殺したら弟子も全員死刑になる。鳳台や程家の者まで巻き添えを食う。周りの人間の命まで危険にさらす気か?こんなことをしても小来は喜ばない。行っても銃で撃ち殺されるだけだ、と。刀を投げ捨てる商座長。無言で水雲楼に引き返す。その様子を車で見届けた湘児は、商座長は気概のある役者で、義に厚い人間だと呟く。
小来の部屋から出てこない商座長。小来にあげた髪飾りを手に泣き崩れる。小来の手を握り、売れない頃から苦労ばかりかけたと話しかける。青春を全て捧げてくれた小来は、自分を恨んでいるだろう。小来はまだいい思いをしていないと謝る。
第36話 虚構の生
商細蕊は頼み事のために斉王府を訪れるが、出家した寧九郎の姿を見て泣き崩れる。帰り道、商細蕊は記者から呼び止められ、雪之誠との会食の写真をネタに恐喝される。寧九郎が京劇界から去り、日本軍は中日戯曲同好会の会長として侯玉魁に白羽の矢を立てる。投獄された息子を救うため舞台に立つ侯玉魁だったが、上演中に異変が起き…。
水雲楼の一角で冥銭を燃やす商座長と小周子。”天の小来へ 夫 商細蕊より”と書かれているのを見て鳳台は驚く。師匠は小来を妻に迎え、後日式を挙げるつもりだと小周子が教える。小来は共に育った家族のような存在で、ずっと嫁がずにいた。たった一人であの世へ逝き、頼る者もいないと心配して娶ることにしたという。立会人は寧先生にお願いし、墓は町中の教会を考えている。死後、同じ墓に入れば寂しくない。細蕊は先ほど小来の同意を得たという。涙をぬぐう鳳台。ただの勢いではないと分かった鳳台は寧先生に会いに同伴する。
翌日、斉王府へ行くと荷物が運び出されている。引っ越しをするのかと商座長が案じるが、北平を離れるのは賢い選択だ。東北で工業部部長を務めることになった斉王。斉王は寧先生も東北へ誘ったが断わられていた。どうする気かと尋ねても答えず、部屋に籠りっきりで一歩も出てこないという。外で黒づくめの男2人が斉王府を見張っている。叩きのめしてやると言う商座長を鳳台が止める。
寧先生に声をかける細蕊。しかし返事はない。斉王が声をかけると、細蕊と2人で話したいと部屋へ招き入れ、扉を閉ざす。頭を丸めた寧先生を見て驚愕する細蕊。出家したと知った斉王は、命がけで話を断るべきだったと外で悲痛な叫びをあげる。細蕊は寧先生に抱きつき、まだ弟子になれていないのに見捨てるのかと涙する。細蕊に初めてあった時、ほかの子とは違うと感じた寧先生は、心の中で友と見なし弟子にしなかったと打ち明ける。寧九郎が去れば梨園で孤独になるだろう。困った時に相談する場所もないかもしれない。あまりの人気ゆえに誰かに憎まれることも、求められることもあるはず。知己は2人とおらず、道は険しいはずだと。寧先生が言葉を贈る。役者なら舞台の上ではどんな人間にもなれ。役者は常に舞台と現実の狭間にあり、虚構の生を送る。その虚構の中で確かなものを掴んで決して手放さないよう、人として役者としてよく心得ておけ。それが生きる縁となる。寧九郎は長年共に暮らした九官鳥を細蕊に託す。
レコードを聞いてる侯玉魁に、寧先生が出家したと息子が知らせる。斉王は東北へ出発し、寧先生も斉王府を離れた。斉王府は日本軍に収用されたという。やはり寧九郎は芯が通っていると笑う侯玉魁。かつて梨園の栄光を独占した侯玉魁、商菊貞、寧九郎、姜栄寿の4人。だが商菊貞は死に、姜栄寿は商細蕊によって威信を失った。寧九郎が去ったことで日本軍から会長就任を迫られると悟った侯玉魁。そこへ日本兵が来る。
休演して小来の喪に服したい細蕊のもとに邱記者が現れる。内密の話をしたいという。上海日本料理の店で写真を撮られたと知らせる。商座長が着物姿で歌舞伎を舞ったときのものだ。邱記者の友人が何枚か撮影しており、欲しければ金の延べ棒4本で渡すという。日本人も写っているのが問題だと脅す。記者は名刺を渡して立ち去る。
隆春班は休演が続いている。名のある一座はみんな休演している。そこに侯玉魁が芝居をすると知らせが入って姜栄寿は驚く。日本軍が息子を投獄し、出演を迫ったという。姜栄寿は状況を理解する。断れば家は断絶される。そこで上演の日は全員で応援に行くことにする。会場には名役者が勢揃いだった。観客はすべて同業者のはず。姜栄寿は細蕊に敗れて幸運だったと振り返る。さもなくば同好会の会長の話は姜栄寿に回ってきたはずだ。兵士が侯玉魁の息子を連れて入って来る。息子がひどい扱いを受け、意思の強い侯先生が道で身の世もなく泣いたそうだ。
芝居が始まっても硬い顔の商座長。一方、姜登宝は侯玉魁の芝居を堪能している。老生の役は侯先生に限ると呻る。しかし、姜栄寿は軽やかに歌ってるように見えるが、実は力を振り絞っていると見抜く。のどが限界で第2幕までは持たないだろう。細蕊も侯玉魁の異変に気付いている。舞台の上で足をくじく侯玉魁。ヒヤヒヤする観客。様子がおかしいとざわつく。兵士が舞台へ上がり、観客に勧告する。日本軍が来て商業は発展し物価は安定した。文化面も発展させたい。京劇は北平市民の主な娯楽活動だが、多くの一座が休演しているのは好ましくない。今日の公演には多くの名役者が来ているから同意書に署名し、今後は必ず個室を用意しろ、と。
楽屋で聞いていた侯先生が机を叩く。自分の舞台を使って役者たちに署名させることに憤りを隠せない。公演するかは各座長が決めることで強制されるものではない。おまけに芝居もわからぬ軍人に個室を用意しろとは容認できない。生涯心に恥じる行いをしたことがない侯玉魁だが、今日のことで日本軍と組んだと思われたのではと案じる。名声を守って生きてきた侯先生。景気付けにアヘンを進める鈕さんを遮り、侯先生は演目を「撃鼓罵曹」に変更する。
兵士が細蕊の個室にやって来た。同意書を渡される。明日から劇場を開き、商座長は週に3日は舞台に立て、と鳳台が読み上げる。考えさせてくれと申し出る細蕊に、署名を強要する。字は書けないと拒否すると、兵士が細蕊の肩に手をかける。細蕊が反撃に出る。姜栄寿の所にも兵士がやって来る。驚く姜栄寿。会場の外に杜洛城と雪之誠が到着する。銃をむける兵に辞めろ!と雪之誠が叫ぶ。
